「──で、旦那が交通事故で亡くなってから、それから全く何にもナシ? 他の男を試してみようとか、一度たりとも思わなかったワケ?」
午後四時という中途半端な時間帯。
地下街の一角にある某喫茶店、その奥の席で……。
近くに人がいないのをいいことに、久しぶりに会った友達──陽子は大きな声で驚いていた。
「ちょっと、声が大きいよ……」
「いや、だってさ……。そりゃ、声だってデカくなるよ……。だって五年でしょ? 二十四から二十九っていう、女の一番いい時に五年も男ナシで過ごしてたなんて……。いや、ホント、私には到底信じられない話よ……。ありえないわ……」
陽子はそう言うと溜め息混じりに頭を振るのだった。
「だ、だって──。私だってそういう気持ちがない訳じゃないけどさ……。でも、ほら、やっぱりダメじゃん、何ていうか、夫に申し訳ないというか……」
ぢゅるるるるるる──。残ったアイスコーヒーをストローですすって、彼女は「馬鹿かアンタ」という目でこちらを見つめてくる。
「夫に申し訳ないって……。夫もう死んでんじゃん……」
「いや、それはそうなんだけど、でも……」
「美咲、アンタまさか、“彼が天国から見てるかもしれないから──”なんて言うつもりじゃないでしょうね? どこの中学生よ……、乙女か。今時そんなの流行んないよ? あのね、いい? 今はね、もし若くて美しい妻が一人で遺されたとしたら──」
「……遺されたとしたら?」
「さっさと前を向いて、新しい幸せを見つける! ズバリ男よ! 新しい男を見つける! もうそういう時代なのよ。何でその歳で──しかも、そんなに美人でオシャレなのに……昭和みたいなこと考えられんの? 全くもって理解不能なんだけど」
「うううぅ……」
「あ、まさかギャップ萌え? ギャップ萌え狙ってたりする? 見た目はどこのファッションモデルかっていうほど美人なのに、内面には昭和の魂が宿っています──なんていう」
「狙ってないよ! そもそも誰に対して狙うのよ! 違うよ、そんなんじゃなくて……、みんながみんな陽子みたいにサバサバした性格じゃないってだけよ……」
「別にそんな性格じゃなくっても、思い切ってサバサバしてみればいいじゃない。簡単よ? そこらの男に声をかけるなり、かけられるなりすれば──もう一発よ。特にアンタみたいな美人ならなおさら。ホント、アンタほどの美人が男はべらせて幸せにならないでどうすんのって話よ」
「うううぅ……」
本当に、久しぶりに会っても陽子は陽子のままだった。
高校時代はクラスメイトだけでは飽き足りず、上級生下級生、果ては担任、教頭、校長まで食ったという逸話の持ち主。
「女に生まれたからには、女の幸せを目一杯享受してやるんだ!」がモットーの現代っ子。まっとうな貞操観念など持ち合わせておらず、病気にさえ気をつけていれば気持ちいいことはどんどんやるべき、という合理主義者。
もちろん、神様なんて信じていないし、乱れた性生活を送ることに後ろめたさも感じていない。逆に、性を利用して人生がよくなるのなら、それは素晴らしいことなので是非みんなやるべきだ──堂々とそう言い放つ女なのだ。
もう長いあいだ友達として付き合ってはいるのだが、それでもまだ「どうして私と気が合うのだろう」と思うことが度々ある。
「で、身体の方はどうなの?」
「えっ? 身体って?」
「いやさ、結婚してる時はアンタだって毎日だったじゃない……。それが急に一人になって、それから五年も男ナシで……身体おかしくなったりしないの? ほら、疼いたり……。何? 禁断症状ってヤツ? ないの?」
「そ、そんなのある訳ないじゃない。別に人間はセックスしなくても死んだりしないわよ……。まぁ、陽子の場合はどうか分かんないけどさ……。あ、それに……、ちょっとそういう気分になった時は自分で鎮めてるから……」
「へー、そうなんだ。ちゃんと自分でヤッてるなら大丈夫か……。道具とか使って?」
「ど、道具? 道具って何よ。そんなの使わないよ!」
「なんだ、じゃあ指でだけ?」
「うん。だってそれで充分じゃない?」
「えー、充分じゃないでしょー。全然充分じゃないでしょー。一人でヤルならせめて道具ぐらい使いなさいよ。買うの恥ずかしかったらプレゼントしてあげよっか? 私ぶっといヤツ持ってるよ?」
「い、いらないわよ! 貰ったとしても使えないよ……。あんな形したもの……」
「──彼に悪い気がするから?」
「うううぅ……」
「はあ……。もう、ホントにもったいないわ……。アンタみたいな女が男を寄せ付けないで生きていくなんて──。本人にとってもアレだけどさ、それよりも何よりも、この社会全体にとって損失が大き過ぎるわよ……」
私のことを褒めてばかりいる陽子だが、そんな彼女だって歩けばスカウトに声をかけられるぐらいの顔と身体の持ち主なのだ。だから、陽子にそう言ってもらえるのは嬉しいけれど──。
でも、やっぱりダメなものはダメなのだ。
夫が死んで五年であろうが、十年であろうが、私はいつまでも彼の女なのだから。
彼とは死に別れただけであって、別に愛情がなくなったとかそういう話じゃないんだから。やっぱり他の男性のモノを──たとえそれがオモチャのペニスであってもだ──受け入れる気にはなれない。
だというのに目の前の悪友は、「男を作れ男を作れ」と口うるさい。
結局時間になって席を立つその時まで、私は彼女に説得され続けてしまうのだった。
「ね、美咲、一度でいいからヤッてみなよ、それでイマイチだったら続けなくていいしさ……。とりあえず一回は旦那以外の男に抱かれてみなって。きっとアンタは女の幸せを知らない──か、もしくは五年だしね……、忘れてるだけっていうこともあるかもしれないんだしさ──、ね?」
自宅マンションに帰り着く私。
部屋の電気をつけて、服を脱いでいく。
学生時代にも、夫が生きていた頃にも、あまり部屋の中で裸でいるということはなかった。
なのに夫が死んでから──それもここ最近は特に──裸でいたいという欲求が強く湧き起こってくるのだった。
どうしてだかは分からないが……、やっぱり“そういうこと”なのだろうか?
シャツやスカートだけではなく、ブラやパンツまでも脱いでいく。
帰ってきてすぐなのに、私はもう生まれたままの姿になっていた。
そっと姿身の前に立ってみる。すると鏡の中には──いまだに衰えることを知らない、魅力的な女性が映っているのだった。
ナルシストの気はないと思うのだが……、自分でも惚れ惚れしてしまうほどの完璧さだ。
二十代の後半ともなれば、人によっては肌が荒れてきたり、肉が付いてきたりすることもあるのかもしれない。けれど目の前の自分は、二十代前半──どころか、十代のモデルさんにも負けない身体つきをしている。
Dカップのバストは張りがあり、乳首もピンと上を向いている。腰周りには一切の贅肉がなく、くびれのカーブが目に心地いい。
腕を上げてぐるりと一周してみる。
元々毛深い方ではないので、ほとんど剃る必要のないわきの下。丸みを帯びたお尻はキュッと引き締まって、まだまだ垂れてくるということもなさそう。全身の肌に一切のシミがなく、ホクロすらも見当たらない。真っ白で雪のような肌。
私はそんな自分の身体を眺めていると、ついつい陽子の言葉を思い出してしまうのだった。
「──アンタみたいな女が男を寄せ付けないで生きていくなんて──。本人にとってもアレだけどさ、それよりも何よりも、この社会全体にとって損失が大き過ぎるわよ──」
「……」
本当に、そうなのかもしれない──。
私がその気になれば、男なんていくらでもゲットできるだろうし……。それに男ができたらできたで、その相手を世界中の誰よりも幸せにしてあげられる自信もある。
「はぁ……」
正直、そうしたい気持ちがない訳じゃない。男と一緒に過ごせば、自分だって幸せになれるだろうし。こんな風に家に帰ってきて一人で鏡の前に立っているよりは、ずっとずっと幸せに──。
もしも私が陽子みたいに、別に浮気ぐらいどうってことないって言えるような女だったら……。この部屋には毎日何人もの男が代わる代わるやってきて──、私はそれぞれ違う男にいろいろな抱かれ方をしていたかもしれない。
「……」
けれどやっぱり私は……、そういうことがしたいという気持ち以上に、死んだ夫を裏切りたくないという気持ちの方が大きいのだった。
だって彼は死にたくて死んだ訳じゃないんだから。
理不尽に人生を終わらせられた挙句、遺した妻まで他の男に取られるなんてことになったら……。
そんなの、彼があまりにも可哀相じゃないか……。
──うん、本当にそうだ。やっぱり私は今まで通り、これからも一人でいるしかないのだと思う。
「ったく、何考えてたんだろ、私……。もうホントに……、陽子があんなこと言うから……」
変なことを考えたせいか、股間がじっとりと濡れてしまっていた。
──まずいな……、明日もまた仕事があるのだ。
たくさんの男性と接する機会があるのだから、今日のうちに鎮めておかないと。
じゃないと本当に、陽子が喜ぶようなことになってしまう可能性もある。
──よし、ちょうどお風呂に入る前だから、少し慰めておこう。
私はそう考えて、裸のままでベッドに倒れ込むのだった。
[ 2011/12/08 00:52 ]
未亡人ナンパされる |
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