これは私への罰だ──。
生温かい触手どもが、ジュルジュルと身体の上を這い回っている。
不潔極まりない樹液を肌に馴染まされ、そのたびに女体の感度は増す一方。
すでに膝から下は触手の絨毯に呑みこまれ──胸元、首周り、両腕にも数え切れないほどの触手たちがまとわりついている。
隣のマンイーターには、マチルダが捕まっている。
なのに、もうその姿は見えなくなっていて……。
──東の森には人食い植物の群生地があるので、絶対に近寄ってはいけない。
みんなから、耳にタコができるほど聞かされていたのに。
なのに私は、マチルダと薬草を探しに来てしまった。
大好きな母の病が、早く直るようにと願いつつ。
そのマチルダは今、隣のマンイーターの口内にすっぽりと収まっていて、姿を見ることはできない。
さきほどまではマンイーターが口を開けていたから、上半身だけは確認することができていたのに……。大の大人を三人まとめて飲み込めるほど巨大な植物は、その大きな口を閉じると、女一人ぐらい簡単に咀嚼できるのだった。
きっと今ごろマチルダは、マンイーターの口内に生えた千本の触手たちによって体液を搾り取られているに違いない。
「んおおおおおおッ……! んおおおおおおおッ……!」
口をぴったりと閉じ合わせ、中央部分だけを人型に膨らませたマンイーターの皮一枚、その向こう側から──マチルダの嬌声が漏れ聞こえてくる。
まるで男性に抱かれているかのような喘ぎ声。気持ちのよさが我慢できなくなった……そんな感じの、とても切迫感のある魂の叫び。
食人植物・マンイーターは、人間の身体を取り込むと──その全身に媚液を塗り込み、千本の口内触手でゆっくりと味わっていくのだ。
触手には主に二種類ある。
茶色の触手は「根」のようなもので、獲物の体内から搾り出した体液を吸う役割を果たす。
緑色の触手は「葉」のようなもので、獲物の体内に特殊な媚液を注ぎ込んで抵抗する力を奪う。
どちらも先端は人間の男性器と同じ形をしており、この化け物がいかに人間のメスを好物にしているのかが分かるのだった。
コイツらは人間の女から体液を吸うために、長い時間をかけて進化を続けてきたのだ。
「く……そッ!」
私は必死にまとわりついてくる触手たちを払いのけ、何とか口内から脱出しようと試みる。が──、
「ん……く……!」
どうしても足が抜けない。重い沼にハマってしまったかのように、どれだけ太ももに力を込めても足が上がらないのだ。
「マチルダ!」
私は叫んだ。
「んおおおおおおおッ……! あおおおおおおッ! んほおおおおおおおッ!」
聞こえているのかいないのか……マチルダの喘ぎ声に変化はなかった。ただひたすらに襲いくる快感に翻弄されている。そんな叫び声のままだ。
見れば、マンイーターの緑の皮がもごもごと波を打っている。中では、マチルダが激しく身悶えているのだ。
「くっ……そぉぉ……」
このままでは、マチルダが食べられてしまう。
いや、違う。自分もマチルダのように食べられてしまうのだ。
そう思い直した瞬間だった。
ズルリ、と、身体ごと一段奥へと引きずり込まれる。
「!」
さっきまでは見えていた周りの景色も、マンイーターの口壁に阻まれて見えなくなった。
「……い、いやあああッ……!」
両手両足をバタつかせるが、巻き付いている触手の数は二桁にも及ぶのだ。何人もの男に掴まれているのと変わらない力であって……もちろん私なんかにどうこうできるものではなかった。
「ん……んやッ……やだっ……! やだっ……!」
徐々にマンイーターの口が閉じて行くのが分かる。
もう目の前は、全部が化け物の粘膜になっている。残っている隙間は、頭上の一部分だけ。
顔を上げてみた。
そこから見えた景色は──、
午後の日差しに輝く緑の葉。
枝と枝を行き交う小鳥の姿。
その向こう側にある青い空。
そして、それらこそが……私が最後に見る外界の景色となったのだった。
マンイーターに取り込まれても、すぐに死ぬことはないらしい。
食人植物は、一般的に口内で獲物を長く生かしておく傾向にあるとのこと。その方が、ゆっくりと時間をかけて体液を吸い続けることができるから。
大陸には、年単位で一匹の獲物を食する種類も見つかっているという。
コイツはそれほど特殊な種類には見えなかったけど……それでも何日か、何週間か──私はこの千本触手たちにまみれて体液を吸われ続けなければならないのだ。
そしてもちろん、その先には死しか待っていない。
「うぅ……」
絶望感に襲われ、涙が止めどなく溢れ出してきた。
しかし、そんな私の涙にも……触手たちはさっそく群がり始めるのだった。ネバネバと臭い汁を滴らせながら、おいしそうにズルズルと涙を吸い込んでいく。
「いやぁ……いやだ……うぐぅ……」
泣いても喚いても、ここは人の立ち入りが禁じられている危険な森なのだ。助けが来る望みもない。
「んんんんん……」
このままでは、呼吸が出来なくなって死んでしまう──そう思った私の前に、一本の大きな触手が姿を現した。
まだ真昼間なのだ。幽閉されているといっても、マンイーターの薄皮は外の光を完全に遮断してはいない。うっすらとだが、周りの様子が確認できるぐらいの光量はあった。
カシュー、カシュー、カシュー、カシュー。
その薄ぼんやりとした視界の中──ペニスの形をしたそれは、先端の割れ目から奇妙な音を立てているのだった。
私が不審に思っていると、触手が強引に口の中に押し入ってきた。唇を割り、歯をこじ開けて喉の奥にまで侵入してくる。
そしてその時になってようやく、私は音の意味を理解した。
(空気……だ)
そう、この一本の太い触手は、体内に取り込んだメスを長時間生かしておくための呼吸器になっていたのだ。
おそらくは外のどこかと繋がっていて、直接空気を出し入れしているのだろう。
その事実は、ある程度の時間、自己の生存を約束してくれるものではあったが……果たして希望と受け取っていいのか、私には判断がつかなかった。
だって、私の周り──千本の触手は、そのまま千本の長いペニスなのだから。ほとんどが正体不明の粘液を滴らせて、まるで一つ一つに意思があるかのように動き、身体の上を這い回っている。
「んや……あふ……」
それだけでも気持ちが悪いのに──さらに気がつけば、服が溶け始めているではないか。
そういえば……この粘液には媚薬の効果とともに、邪魔な衣服を溶かしてしまう成分が入っていると聞いたことがある。その時は、まさか自分がそれを体験するなどとは予想もせず、ただ「すごいなぁ」と思っていた。
本当に、あの時の自分を殴ってやりたい気分になってしまった。
すでにお腹や太ももの辺りは肌は露出し、媚薬入りの粘液が毛穴にまで染み込んでしまっている。
「あああ……あああ……」
恐怖に身体が震え始める。
涙も、唾液も、鼻水も、愛液も、汗も、小尿も、そして大便まで──千本の触手たちによって残らず吸い尽くされてしまうのだ。
いや、それだけならまだマシなのだ。
問題はこのネバついた媚液である。全身に行き渡れば、麻薬のように強い催淫効果をもたらす悪魔の液体。
これによって自我を失うような快楽を与えられたら、自分は一体どうなってしまうのか。
生きながらにして、人間ではなくなってしまう──。
理性のあるいま現在、その予測は死よりも大きな恐怖をともなって、私の心を締め付けてくるのだった。
[ 2011/12/09 16:57 ]
東の森の食人植物 |
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