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敏感なサキュバス 1-1

 アルバイトを終えてくたくたに疲れ切った俺は、カバンを引きずりながら何とかエレベーターを降り、自室のあるマンションの五階までたどり着いた。

 大学二年の、初夏だった。

 昼間のうだるような暑さからは考えられないような涼しい夜のこと。

 俺は満天の星空を眺めながら廊下を歩いて自分の部屋の前まで来ると、カバンから鍵を取り出してガチャガチャと乱暴にノブを回した。

 疲れからくる溜め息を漏らして玄関に入り、ドアを閉めて後ろ手に鍵をかける。脱ぎにくい靴を苦労して脱いで、残った貴重な体力をこんなことで消耗する俺はバカかと思う。靴はもちろん脱ぎっぱなし、揃えることも面倒だった。キッチンを抜けて部屋に続く扉を開ける。

 そこには、慣れ親しんだ自分の生活空間が広がっていた。

 そう、毎日をここで過ごしているのだ。自分が最もよく知る場所である。だから、ほんのわずかなその違和感にも、気付くことができたのだ。


「……っ」


 ──何だろう。

 何かが違う。

 何か嫌な感じがする。

 俺は全身を緊張させながら、部屋に一歩入ったところでじっと立ち尽くしていた。まだ電気も点けていない真っ暗な室内に視線をさまよわせる。暗くて何も見えないが、やっぱり何かがおかしい。

 ──何か、いる。

 そんな気がしてしまう。

 想像するだけで恐ろしいが、それでもやっぱり、何かにじっと見つめられている気がしてしまうのだ。

 ふと、身体の正面に風を感じた。

 風?

 確かに正面の奥にはこの部屋唯一の窓がある。が、その窓は普段から閉めっぱなしにしているのだ。開けるにしても掃除をする時ぐらいのもので、間違っても閉め忘れて部屋を出るなんてことはありえない……。

 それでも、やはりその窓が開いているとしか思えないような空気の流れが確かに感じられるのだった。

 俺はもう恐ろしくなって全身を硬直させていた。身体中の毛が逆立って、背中には冷たい汗が流れ落ちる。

 まさか泥棒にでも入られているのか……?

 いや、でもここは五階だぞ……。

 まさか幽霊とか……。

 いや、そんなことはあるはずない……よな?

 息を殺して、何かがいるにしても決してそいつを刺激することのないよう、ゆっくりゆっくり右手を上げて、部屋の電気スイッチに触れる。

 口に溜まった唾をごくりと飲み込んで、意を決してスイッチをON。

 最近替えたばかりの照明はパチッと瞬時に点灯し、眩しいぐらいの勢いで部屋中を露にした。

 そして、俺は見たのだ。見てしまったのだ。

 部屋の壁を背にして体育座りをしている、一人の女の子の姿を──。

 あまりにも驚きすぎると、悲鳴の一つも出ないらしい。


「……あ……あ……」


 俺は情けなく息を漏らして、ろくに反応することもできずにその光景に見入ってしまった。

 身体も動かなければ、頭も働かない。ただ、目だけはものすごい勢いで回り、その女の子を舐めるように観察していた。

 そして頼んでもいないのに、強引に頭の中に取得情報を叩き込んでくるのだった。

 まず、年のころは十三~十五歳といったところだろう。どこからどう見ても、完全なる女子中学生。本当にそれ以外の何者でもない。

 そして、その彼女が裸なのである!

 いや、訂正しよう。よくよく見れば、どうも上下ともにビキニの水着のようなものを着用しているらしい。体育座りをしているせいでよくは見えないが、確かに胸の横、そして腰の辺りにピンク色の布のようなものが見えている。

 が、やっぱりそんなことは大した問題ではない。今も彼女は肌の九十パーセント以上を露出した状態で我が家の床に座っているのだ。

 長く美しい足が、きれいに折りたたまれて、身体の前面を隠している。ちょこんと可愛らしい膝小僧、その下にはすらりと伸びた脛があって、細い足首、そしてむしゃぶりつきたくなるような愛らしい足の甲、足の指!

 新しい照明の下では、彼女の肌は生まれたての赤ちゃんのようにすべすべしているように見えた。アザやシミやホクロが一切ない。上質の絹のような白く美しい肌。十六歳の女子校生だって、この完璧な肌の前では裸足で逃げ出すに違いない。それほどまでに、神々しい手足だった。

 少しだけ見えている体の側面が、これまた瑞々しくておいしそうだった。水着(だと思われる)の布が食い込んで、彼女の肌がとても柔らかいのだと教えてくれる。白いわき腹は息を飲むほどに輝いて見える。まるで宝石のような品のよさである。

 目に映るすべての部分が、Sランクだった。

 もちろん、髪の毛だって、そして顔だって。

 日本で一番美しい女子中学生が、家にいた。家の片隅で、じっと体育座りをしていた。水着姿で。

 訳が分からなかった。



 俺がずっと立ち呆けて、言葉の一つもかけなかったせいだろうか。彼女は溜め息を吐きながら、すくっと立ち上がった。

 目の前に、改めて幻想的なまでに美しい女子中学生の水着姿が現れる。

 やっぱり水着だった。可愛いピンク色の、小さなビキニ。

 しかもよく見れば紐パンに紐ブラだった。パンツは両サイドに紐の結び目があって、ブラは両肩の部分が紐で縛られているだけである。

 何という破廉恥な格好なのだろう。

 これでは、悪い男に捕まれば一秒で全裸にされてもおかしくないではないか。

 それどころか、結びが弱くて紐がほどけてくれば──、自然と上下ともハラリと落ちてしまうのではないだろうか……。


 ──ゴクリ。


 俺は生唾を飲んだ。

 彼女は黙って、真っ直ぐにこちらの目を見つめてくる。

 俺も彼女の目を見つめ返した方がいいのだろうか、などと思うが、それでも立ち上がってよく見えるようになった張りのある太ももや、白く引き締まったお腹、そして女子中学生特有の膨らみかけの胸など──そんなものを前にしてしまうと、どうしてもそっちに視線が流れてしまう。

 そういえば、こんなに近くで、こんなにまじまじと女子中学生の身体を凝視したことなんてなかったと思う。多分これからもないだろうなと考えると、今この時間がものすごく貴重なものであるような気がしてきた。

 エロ画像やエロ動画などでは決して感じることのできない、本物の女子中学生のリアル肌。その質感ときたら……。

 狭い室内である。がんばれば毛穴まで見えてしまうかというほどの距離。すぐそこに恥ずかしい水着姿の女子中学生がいるのだ。

 ──やばい。

 などと思う暇もなかった。

 ジーンズの中では、すでに息子が成人しようとしていた。

 俺は少し腰を引く無様な格好で、なおもまじまじと見つめてくる彼女と対峙するしかなかった。じわりと額に汗が浮かんでくる。

 とにかく俺はどうしていいのかさっぱり分からなかった。ただただパンツの中でチンコをおっ立てて彼女の身体を上から下まで食い入るように眺めるしかない。

 まるっきり変態だった。

 が、ただでさえ女の肌には目がいってしまう性質なのだ。こんなに近くでこんなに肌を露出した、しかも女子中学生! なんかがいれば、仕方のないことだと思う。

 軽蔑されるかもしれないと思っていても、彼女の身体を這う視線を止めることができない。

 ふいに彼女が口を開いた。

 その可愛らしい口からどんな甘い言葉が紡がれるのだろうと半ば期待してしまっていた俺は、その言葉を聞いて身を凍らせた。


「変態。そんなに私の身体が好き?」


 ──はい! 好きです! 大好きです!

 という本音をぐっと腹に呑み込んで、俺は彼女の顔をまじまじと見つめた。

 ──何なんだこの子は……。

 改めて根本的な疑問が首をもたげてきた。

 窓に視線をやると、やっぱり半分ほど開いていた。玄関のドアには特に異常はなかったのだ。ということはやはり──この子は、あの窓から入ってきたということになるのだろうか。

 五階なのに?

 彼女の足を見てみる。きれいな生足。彼女は裸足なのだ。足の裏は見えないが、特に汚れているということもなさそうである。お風呂上りだと言われても納得してしまうほど白くてきれいな足だった。

 ──生足は本当に大好きだ。

 ではない。

 ──靴とかどうしたんだろう。

 そう思う。


「あの……キミは……誰? どうして……ここに……?」


 まっとうな質問だとは分かっていても、ついつい恐る恐るといった感じで尋ねてしまう。

 彼女はそのぱっちりとした大きな目と、整った鼻、そして反則的なまでに色っぽい唇を真っ直ぐこちらに向けて、真剣な表情のままで言うのだった。


「私はサキュバス。あなたの精子と、その魂をもらいに来たの」


 俺はそんな彼女の言葉に、笑うことすらできなかった。

 それもそのはず。

 彼女の背中からは、紫色の羽が生えているのが見えたし、お尻の辺りではこれまた紫色をした(漫画なんかでよくある)悪魔のしっぽがチロチロと動き回っていたのだから──。





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[ 2011/12/11 21:43 ] 敏感なサキュバス | TB(-) | CM(-)
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