日も落ちしばらく経ってから、夫が帰宅した。
私は玄関で彼を出迎え、「お客さんが来てるの」とだけ言って、一緒にリビングへと向かう。
ドアを開けて部屋に入ると、ソファーに座っていた先生が振り向いて、腰を上げた。
「ああ、お邪魔しています」
夫は彼に対して訝しげな視線を送り、あからさまに「誰だこのオヤジは?」というような表情で私を見るのだった。
「ははは、いやあ、本当に私たち夫婦は運が良かったですよ。こんな近所の病院に、先生みたいな“不妊治療の神様”と呼ばれる方がいらっしゃるなんて」
夫はビールを飲みながら上機嫌だった。
私たちは彼の提案で、三人して夕食のテーブルを囲んでいるのだった。
目の前には、先ほど届いた特上のお寿司が並んでいる。
先生は「アルコールは結構です」と言って、お茶を飲んでいた。
そんな先生に向かって、夫は嬉しそうに話を続ける。
「いやあ、本当に悩んでたんですよ。俺が悪いのかな? こいつが悪いのかな? 一生子供はできないのかな? 老後は誰に面倒を見てもらったらいいんだろう? とか……考えなくていいことまで色々と悪い方に考えちゃって……。そんな時ですよ、たまたま近くに凄い先生がいらっしゃるっと耳にしまして……でもまさかここまで有名な方だとは思ってもみませんでしたよ。いやあ、ラッキーなこともあるもんですね」
夫はさっきからずっとこの調子だった。
普段からは想像もできないほどにペラペラと喋りまくっている。
彼が初対面の人にこんなにも馴れ馴れしく話し掛ける姿なんて、見たこともなかった。
夫は、この人こそが自分の妻を担当してくれている“あの”真壁先生なのだと知ると人が変わったようにはしゃぎ始めたのだ。
まるで有名なスポーツ選手に会った子供のような状態になってしまっている。
前から夫は、真壁先生のことを本気で尊敬しているフシがあると思ってはいたが……どうやら私の考えは間違っていなかったようだ。
まあ確かに、私の不妊を治してもらえるのなら──彼は私たち夫婦にとって、この上ない恩人となるのは間違いのないことだけれど……。でもまだ妊娠できると決まったわけでもないのに……。
これでは、私にだって先生にだって、プレッシャーにしかならない。
夫はそんなことにも気が回らないほど舞い上がってしまっているのだ。
少し腹が立ってくる。
「はは、旦那さんは本当に私のことを信頼してくださっているのですね。とてもありがたいことです」
「何をおっしゃっているんですか。当たり前じゃないですか。先生みたいな凄い人を信頼しない奴なんていないでしょう」
「いえいえ、こういう仕事をしていますとね。色々とあるもんなんですよ。例えば……旦那さんに激しく嫉妬をされてしまったりとかね。まあ愛する妻を預けるということですので、お気持ちは分からなくもないのですが」
「へぇ、そんな奴もいるんですか。お医者さまに対してなんて失礼な……」
「ええ、ですから、あなたみたいに不妊治療に理解のある方がいてくださると私はほっとしてしまいます。奥さんの状態を改善させるのだって、周りの人間が協力し合って支えてこそ──ですからね」
「そうですよね。やっぱり真壁先生はいいことをおっしゃいます。本当に尊敬します」
二人は上機嫌で話をしているが、私にとっては何とも居心地の悪い時間が続く。
「治療の方はどんな感じですか? 順調に行ってますかね。ああ、いえ先生のことだから、まったく心配はしていないんですけどね」
突然、夫が核心に触れてくる。
私は心臓がドクンと脈打つのを感じた。
思わず先生の顔に視線を送ってしまう。
口元に笑みを浮かべた先生と目があってしまった。
「……」
先生は何と答えるのだろうか。もしもここで、彼が本当のことを喋ってしまったら……一体どうなってしまうのだろう。
いや、どうなるもこうなるもない。終わりだ。すべてが完全に終わってしまう。
私は唾を飲み込み、背筋に汗をたらして先生が何と答えるのかにそれとなく意識を集中させた。
──さすがに実際の治療行為をそのまま話したりすることはないと思うんだけど……。
私はこの三人での時間というものが、ものすごく危ない橋だったのだと今になって痛感しているのだった。
「ああ、治療ですか。ええ、順調ですよ。何しろ、奥さんが非常に素直な方で、しかもとても協力的でしてね。私の言うことは何でも聞いてくれるのです。毎回、他の患者さんとはできないような──とても効果的で素晴らしい治療をさせてもらっています。私も彼女も、大満足ですよ。この分なら、遅かれ早かれ妊娠するでしょう。はい。その時を是非楽しみにしておいてください」
私は背筋を凍らせていた。
先生は言葉を選んではいるが、まぎれもなく事実だけを喋っていた。
実際の“治療行為”を体験している私には、彼との時間がありありと頭の中に思い出される返答の仕方。
「いやあ、そうですか。ありがとうございます。やっぱり先生にお任せして正解でしたよ。本当に、彼女には一日も早く子供を産んでもらいたいですからね。きっと生まれてくる子は、こいつに似て美人ですし……もう楽しみで楽しみで仕方がないんです」
夫は何も思わなかったらしい。
それもそのはず。あんな“治療行為”が行われているとは想像もしていないのだから。
とりあえず、私はほっと一息ついた。
夫にバレなければ、それでいい。彼を悲しませるようなことがなければ、とりあえずは……。
が、そう思った直後に、猛烈な罪悪感に襲われた。
──夫は、先生と私のことを本当に心の底から信頼しきっているのだ。
まさか私たちがあんな不埒な行為をしているだのとは、一片たりとも思っていない。
彼は本当に子供が欲しくて、ただそれだけを願って私を支えてくれている。
なのに私は──夫の知らないところで、あんなことを──。
「ははは、気が早いですね。安心するにはまだまだですよ。それに子供ができたとして、女の子と決まっていることもないのですから」
「あっ、いや、そうですね、すみません、ははは」
二人の談笑は続く。
が、私は生きた心地もしなければ、夫に申し訳ないという気持ちのせいで顔も上げることができないのだった。
トイレを済ませて戻ってみると、夫がテーブルにぐったりと突っ伏して寝ていた。彼のわきにはビールの空き缶が数本ある。
一瞬、酔い潰れてしまったのかと考えた。が、夫がたったこれだけのアルコールで潰れることは過去になかったことだ。
私は心配になって、彼の肩に手を置いて声をかけようとした。
その時だった。
「起きませんよ」
テーブルの向かいから呟きが聞こえた。
見れば、先生が残った寿司を頬張りながら、こちらを見てはニヤついている。
「……どういうことですか」
私が彼に向き直って尋ねると、先生は得意げな顔で、
「私も医者のはしくれですからね、催眠薬ぐらいは簡単に手に入れられる訳ですよ」
そう言って、残ったお寿司、その最後の一貫を口の中に放り込む。
「強力な薬ですからね。そう簡単には起きません」
「……何のつもりですか……」
私は先生を真っ直ぐに見すえて問いただす。
すると、彼は嬉しそうに笑うのだった。
「分かっているかと思いましたが……意外と鈍いんですね奥さん。それとも、まだまだ純粋なだけですかね」
彼はおもむろに椅子から立ち上がると、テーブルを回り込んで私の方に近づいてきた。
そのあまりの迫力に、思わず後じさってしまう。
私はぐるりとテーブルを半周したところで、先生に捕まってしまった。
腕を強く握られて、上半身ごとテーブルに押さえつけられる。
ガシャンと派手な音を立てて、テーブルから何かが落ちた。
「ちょ、先生っ──」
力を入れて暴れてみるが、やはり彼の腕力の前ではビクともしない。
両腕を押さえつけられ、背中をテーブルにつけて、足は床から浮いてしまっている状態。
「奥さん、まさか今日の治療が──昼間のアレだけで終わりだと……そう思ってらっしゃるんじゃないでしょうね」
「──え?」
顔に息を吐きかけられた。
私は一瞬、彼が何を言っているのかが理解できなかった。
「いや“え?”じゃありませんよ……まったく。一体私が何のために旦那さんの帰りを待っていたと思っているんですか? まさか担当医として挨拶がしたかったからだ──なんて戯言を本気にしてるんじゃないでしょうね?」
「え──ウソ、待って、そんな、まさか……」
「そうです……ようやく理解していただけましたか。そのまさかですよ」
「え、いや──ダメっ──離してっ──」
「奥さん、おとなしくしていてください。あなたの弱点は旦那さんだと言ったでしょう。あなたは旦那さんに悪いと思いながら徹底的にハメられヨガらされイカされることによって、大量に女性ホルモンを分泌できるんですよ。そういう体質なんですから。こんなチャンスは滅多にないじゃないですか。無駄にはできません。さあ、今から──愛する旦那さんの寝ているすぐ横で……治療を始めますよ」
言うやいなや、先生は私の襟元を掴んできた。
ブチブチブチッ!
彼が力いっぱい手を引くと、私のブラウスのボタンは上から三つ、勢いよく弾け飛んでしまった。
新しく着けたピンクのブラが露出する。
「──っ! やめっ! んっ!」
無理な体勢ではろくに力を入れることもできない。
私はテーブルの上にはりつけにされた格好で、胸元から首筋にかけてを舐め回されていた。
スカートをたくし上げられ、パンツを膝までずり下ろされる。
「ちょ、先生っ、やめてくださいっ……!」
女の力では、先生の身体を撥ね除ける──どころか、彼の片腕を封じることすらできない。
私はまるでレイプされているような状態で、ただ身体を動かしてもがくしかなかった。
このままでは、先生のヤリたいようにされてしまう……。
私は何とかこの窮地を脱する方法はないかと必死になって考えた。
が、そんなに簡単にいい方法が見つかるはずもなく──。
「んあっ……先生っ。やめてください……。お願いですから、ここでは……先生っ!」
「どうしてですか奥さん。ああ、旦那さんが起きたらどうしよう……なんて心配してらっしゃるんですか? 大丈夫ですよ。ヤワな薬ではありませんし、何をしても起きることはありませんから」
「──ちがっ、そういうことじゃなくて……。お願いですから、やめてくださいっ。ここでだけはやめてください、お願いしますっ。お願いしますっ……」
「いいじゃないですか。旦那さんの寝ているすぐそばで他の男の交尾を受け入れるなんて……奥さんが一番興奮する大好きなプレイじゃないですか。きっと経験したことのないような快感が得られますよ」
「やだっ、先生っ、お願いですっ! 何でも言うこと聞きますからっ! 明日から先生の言うことは何だって聞きますからっ! だから! だから今日だけは勘弁してください──お願いしますっ! ここでだけは……やめてっ!」
先生が私のブラウスのボタンを全部飛ばして前をはだけてくる。
ブラもずらし上げて、あらわになったピンク色の乳首に吸い付いてくる。
右足で膝にかかっていたパンツも踏み落として、早くも私はセックスをするのに何の支障もない格好にさせられてしまった。