照りつける太陽。目の前にはどこまでも広がる大きな海。
砂浜に敷いたレジャーシートを二人分の荷物で押さえ、私はその中央にちょこんと座って陽子の帰りを待っていた。先日買ったばかりの、黒のビキニに身を包んで──。
水着を着て人前に出るなんて、もう何年ぶりのことだろう。
肌のほとんどが露出しているのだ。私は裸足の足指をもじもじとさせながら、すさまじく居心地の悪い思いをしていた。
胸の前と股間の前後にしか布がない。
周りの男性たちの視線が背中、わき腹、腰周り、太もも、ふくらはぎ──身体中に突き刺さっている気がしてしまう。
「……」
──自意識、過剰だろうか……。
私がそんな風に思っていると、
「はーい、ちょっとごめんなさーい。はーい、ちょっと通してくれるかなー」
後ろから大きな声が聞こえてきた。
振り返ると、両手に二人分のヤキソバとジュースを持った陽子が家族連れやカップルにぶつからないよう器用に人ごみを縫ってこちらに向かってくるところだった──。
八月三日。
夏も真っ盛りの土曜日。
仕事も休みだったので、私は陽子に連れられて海に遊びに来ていた。
まあ、本当はこんなところに来たくはなかったんだけど……。水着を買うのも面倒だったし、そもそも私は泳げないのだから。
それなのに陽子がしつこく説得してきて、彼女に押し切られる形で半ば無理矢理連れてこられたのだ。
なんでも──、
「美咲、アンタには青春が足りない! 女は四十まで常に青春の日々なんだぞ! 家で悶々としているぐらいなら、海行くぞ! 海!」
……ということらしかった。
「はぁ……」
「ちょっとお、こんないい天気なのに何溜め息なんかついてんのよ」
いかにも着慣れていますといった感じに白のビキニを身にまとっている陽子。水着の端からは、日焼けした部分と、していない部分の境目が覗いている。生まれ持ったスタイルのよさが際立って、今日の彼女は妙に魅力的だった。
そんな彼女から、ヤキソバとジュースを受け取る。
陽子はようやく手が空いたと、自分の分を両手に持ち替え、私の隣に腰を下ろしてくる。
モデルもかくやという美女が二人、並んで座っている格好になってしまう。
自分で言うのも何だが、ハッキリ言って周りから浮いてしまっていると思う。ここは海水浴場な訳で、もちろん他にもたくさんの水着女性がいるにはいるが……。
私はぐるりと首を回してみた。
するとそのわずかな間だけで、十人以上の男性たちとバッチリ目が合ってしまうのだった。家族連れのお父さんらしき人だったり、彼女を連れて歩いている人だったり──。
正直に言うと、これだから海に来るのは嫌だったのだ。
別に自慢する訳じゃないが、昔から私は男の目を引くタイプなのだ。お母さんが美人だったから、自然と私もそういう風になってしまった。だけど私本人としては、単純に──そういう目で見られるのは苦手なのだ……。
いや、嬉しいのは嬉しいんだけど……。でも……。
「ふふふ、私たち注目の的だね。アンタを連れて来て大正解だわ」
やっぱり陽子はこういう視線にも慣れているらしい。困惑している私とは対照的に、性的な目で見られるのが大好きといった様子。自分から両腕を上げて、わき腹からわきの下を丸出しにして大きく伸びをしたりする。
女の私から見ても、彼女は声をかけられるのを待っていますといった感じだった。性欲が溜まって、女を狩りに来ているナンパ目的の男性も多いだろうに……。
一体彼らの目に、私たちはどう映っているのか──。考えるだけでも恐ろしかった。
「おっしゃー、美咲ー、食うぞー。早く食べないと冷めちゃう。あ、アンタのお箸こっちにあった。はい」
「あ、ありがと……」
割り箸を口で割り、あぐらをかいてヤキソバにがっつく陽子。
私はそんな彼女の開放的な姿を眺めつつ、変なトラブルに巻き込まれることなく今日一日が終わってくれますようにと心の中で願うのだった。
が。
「お姉さんたちどっから来たの~?」
ヤキソバを食べ終わると、さっそく二人組の男に声をかけられてしまう私たちだった。
「……」
徹底的に無視を決め込もうと思い、目も合わさない私の横で──陽子は白い歯と喉元を見せて嬉しそうに返事をしていた。
──おいっ。
心の中で毒づくが、今さら彼女の性格をどうにかすることもできないのだ。
私は身を硬くして事態が悪化しないようにと祈るだけだった。
陽子の人当たりのよさに手ごたえを感じたのか、男たちは図々しくもビニールシートの上に座り込んできた。
二十代の前半、大学生だろうかという彼ら二人は、揃って背が高かった。百八十近くあるんじゃないかと思う。近くにこられると結構な迫力があった。
モテるために筋トレでもしているのか、それとも本当にスポーツでもやっているのか──がっしりと引き締まった身体つき。
海パン一枚なのに全身がムラなく日に焼けているから、きっとこんな風にしょっちゅう海で女をナンパしているのは確実だろう。
ワックスで無造作に散らかした色の薄い茶髪。胸元には金のネックレスがぶら下がっていて──腕にはタトゥーまで入っている。
本当に、私が一番苦手とするタイプの男たちだと思った。
きっと、女を食べ物のようにしか思っていないに決まっているのだ。いつもこんな風に軽々しく声をかけては、性欲の赴くままに女の身体を食い散らかしているのだろう。
焼け付くような太陽の下、人が開放的になる気持ちは分かるけれど……。でも、こんな男たちにホイホイと付いて行く女がそれなりの数いるという事実が理解しがたい。
──あ、いや、まさにそういった女の代表だという人物がすぐ隣にいるのだが……。
ちらりと陽子に視線を送ると、彼女は男のたくましい太ももに片手を置いて楽しげに会話をしていた。まるで好きな人と話をしているかのように目を輝かせている。
まあ、確かにこういったチャラチャラしつつも男らしい男性は、彼女のストライクゾーンど真ん中なのかもしれないが……。
それにしても……、私まで巻き込むことないじゃないか……。
三八度を越える猛暑のお昼時。彼らの身体からはツンと汗の匂いが漂ってくる。男性的で獣臭いその匂いに、私はどうしてだか言いようのない不安を感じてしまう。
──このまま陽子に任せていて、大丈夫なのだろうか……。
私がそんな風に思っていると、二人組みのもう片方が、私のそばに身体をずらして、馴れ馴れしく話し掛けてくるのだった。
二対二なので、陽子と会話をしていない方が必然的に私の相手ということにはなるのだが──。
「お姉さん、どうしたの? 元気ないじゃん」
「ん? そう? そんなことないけど……」
あまり邪険にするのもアレかと思い、とりあえず話だけは合わせておくことにした。
「お姉さんいくつなの? あ、俺ら? 俺ら二十四だけど。二十四のフリーターなんだけどさー」
「えっと、二十九……かな」
「へーそうなんだ。見えないねー。どこの女子大生モデルが来たかと思ったよ」
「そ、そんな……」
「とりあえず完全に年下だと思ってタメ口で話し掛けちゃったけどさ、どう? やっぱ年下にタメ口で話されるとカチンと来るタイプ? 敬語使った方がいいかなー?」
「いや、別にそれは、大丈夫だけど……」
「あ、マジ? よかったー。じゃあ、このままタメ口で行かせてもらうね。あー、助かった。いや、マジで敬語で喋れとか言われたらどうしようかと思ったよ。ほら、俺ら敬語とかぜってー使えねーじゃん?」
男はそう言ってケタケタと笑う。私には何が面白いのかさっぱり分からないが……。
話してみても、やっぱり嫌な感じだ。自分とは合わない、そういう思いしか湧いてこない。
なのに男たちは、今日の居場所はここだと完全に決め込んだようだった。
もう私たち以外のものには興味がないという風に、様々な質問をぶつけてくる。
どこに住んでいるのか、誰と暮らしているのか。仕事は何をしているのか、休みはいつか。彼氏はいるのか、好きなタイプの男性は──などなど。
最初にガツンと断っておかないと、こういう種類の人間は少しの隙間からどんどんと侵入して勝手に居座ってしまうのだ。
だというのに、陽子があんなだから──男たちは完全に受け入れられたのだと勘違いしているではないか。
いや、陽子に限れば、勘違いではないのかもしれないけれど……。でも、私まで彼女と一緒にしないで欲しい。
「……」
私が膝を抱えて体育座りをしていると、
「お姉ーさん肌キレイだねー」
そう言いつつ彼がそっと腕に触れてきた。
「あんっ──」
男に触れられるなんて、それこそ五年ぶりのことなのだ。私はついついヘンな声を出してしまっていた。
彼は私の敏感な反応に少し驚いた様子だったが、すぐに相好を崩した。
「うはっ、お姉ーさん、エロい声出すねー。やらしー」
目の前の女がすぐに怒ったりするキャラじゃないと分かって気を良くしたのか、彼はツンツンと私の腕を人差し指でつついてくるのだった。
あん、あん、と声を漏らしそうになるのを必死に我慢して、私は自分の上半身を抱くようにして彼の指から身を守る。
すると今度は、がら空きになった太ももを指でつつかれるのだった。
「あんっ、ちょっと、やめっ──」
助けを求めようと思って横を見れば、陽子はもう一人の男とべったりとくっついて見つめ合っていた。握り合った手をさわさわと動かし合い、お互いに肌の感触を楽しんでいる。さすがに人目があるのでそれ以上のことはなかったが、もしも二人きりならキスでも何でもしていそうな雰囲気である。
「くっ──」
陽子があんな状態にあるなら、私一人が逃げ出すこともできない。
男は周りにバレない程度に太ももをさすってくる。
私は唇を噛みしめて、いつまでも彼に肌を撫でられ続けるしかないのだった。
[ 2011/12/08 01:44 ]
未亡人ナンパされる |
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