しばらく撫でられていると、だんだんと手の感触が肌に馴染んでくるのが分かった。
最初はあれだけ嫌だったのに、今では触られるぐらいなら別にいいかと思えてくる。彼に手を握られてさわさわと指を動かされても、そう無下に振り払う必要もないと思いそのままにしておいた。
さっき陽子が同じことをしていた時には、何ていやらしいことをしているのだと感じたはずなのに。
慣れというのは恐ろしいものだ。
が、そうであるにしても──、心まで許すつもりはない。気持ちの上でさえしっかりと拒んでおけば、きっと大丈夫だ。
「ねぇ、ちょっとトイレに行きたくなったから、手、離してくれないかな」
私がそう言うと、彼は一緒についていってやると言い出した。
「なんでよ、嫌よ。トイレぐらい一人で行けるわよ」
「いやー、だってさ、俺の大切なお姉ーさんがヘンな男にナンパされたら嫌じゃん。お姉さんキレイだから一人で歩いてたら絶対声かけられるでしょ」
「そんなことないから、一人で大丈夫よ」
そう頑なに言い張る私の手首を掴んで、彼は立ち上がる。
「いや、俺もおしっこしたくなってきたからさ。ね、これなら文句ないでしょ? ほら、一緒に行こうよ」
こうなればこの種の男が大人しく言うことを聞くことはない──、そう思った私は仕方なく立ち上がった。まあ、トイレへの道を一緒に歩くぐらいならいいか……。
それよりも陽子をあの男と二人きりにしていいのかなと少しだけ心配になるが、まあ周りにこれだけ人がいる状況ではイチャつくにしても限度があるから平気かなと判断した。
「ちょっとトイレ行ってくるから」
陽子に向かってそう言う。
私はごくごく普通のことを言ったつもりだったが、陽子はめちゃくちゃ驚いた顔をしていた。そして次の瞬間、パッと笑顔になり、
「がんばってきなよ~」
などとのたまう。
少しのあいだ理解が追いつかなかったが、ああ、なるほどと思った。
今さっきナンパされた男と手を繋ぎ、彼に引かれるようにして、「ちょっとトイレ行ってくる」なのである。特に陽子ならそういう風に誤解してもおかしくない。
「違うから、そんなんじゃないから」
私は陽子に強く言い置き、ビーチサンダルに足を入れる。繋いだ手を彼に引かれながら、トイレへと連れられていく。
水着でトイレに入るというのはなかなかにヘンな感じのすることだった。なんせビキニの下をおろすと、もうほとんど裸になってしまうのだから。今日の自分がどれだけ裸に近い格好でいるのかを改めて思い知らされてしまう。
用を足しながらも無性に居心地が悪く、どきどきと胸を鳴らしてしまう私だった。
トイレを出ると、彼が待ってくれていた。
私はなぜだか、ものすごく恥ずかしい気がしてしまうのだった。つい先ほどまで水着を下ろしておしっこをしていた訳で……。
その時の格好と今の格好に、それほど差があるとも思えない。水着を下げているか、上げているか、ただそれだけの違い。少しでも想像力を働かせれば、彼の頭の中で私は簡単に放尿時の姿にされてしまうのではないか……。
「……」
気恥ずかしくてうつむく私の手を、彼がしっかりと握ってくる。私は子供のように手を引かれて、また来た道を戻るのだった。
そして結局、日が沈むまでの時間を──私たちは四人で一緒に過ごしたのだった。
辺りが暗くなるころ、男と二人でどこかに行っていた陽子が戻ってきた。そして彼女は荷物番をしていた私たちに向かって、開口一番こう言うのだった。
「ね、今晩泊まって行かない?」
「はいぃ? 泊まるぅ?」
驚きのあまり、私は素っ頓狂な声を出してしまう。
「泊まるって、どこに?」
まさかホテルにでも行くつもりなのかと思えば、この海水浴場の近くにテントを張って泊まれる場所があるのだという。
少し山手に歩けば、貸しテントで一泊できるところがあるんだ──と、連れの男が補足した。
お金は自分たちが出すから、できればもうちょっと一緒にいてくれないかとのこと。
「ね、美咲、いいでしょ? 泊まって行こうよ。どうせ明日も休みなんだからさ」
陽子はもう完全に男たちの味方をしている。横にいる男ももちろん泊まっていって欲しいという意見なので──私は三対一という不利を強いられる状況にあった。
自分としてはありったけの文句を言いたいところだった。
が、男の腕にしがみついて頬擦りしている陽子の姿を見てその気も失せてしまう。
こんなにノリノリな彼女を見るのも久しぶりだ。そんなにこの男たちがいいのだろうか。
もしここで私が頑なに帰ると言ったところで、今日の陽子なら一人ででも泊まると言い出しそうな雰囲気である。
もしもそんなことになれば……。
男二人に女一人で──彼女は一体どうなってしまうのだろう……。
「くっ──」
こうなったら仕方ないのかもしれない。しっかりと気を保てる私が付いていなければ、さすがの陽子でも危ない。
「分かったわ……。いいけど、その代わり──ヘンなことはなしだからね」
そう言うと、陽子は嬉しそうに私に抱きついてきた。男たちも笑っている。
ただ、私だけが言いようのない不安を感じて困惑しているのだった──。
まさか泊まることになるとは思わなかったので、着替えやらそういったものも誰一人として持って来てはいなかった。私たちは四人とも水着姿のままで、そのキャンプ場のテントサイトまで歩くハメになった。
まあ夜になっても気温は三十度を越えているのだから、まったく問題ない──どころか、逆に過ごしやすくていいのだけれど……。
しかし二十九にもなって、こんな高校生のダブルデートのようなことをするハメになるとは……。
私は溜め息を吐いて歩く。
陽子はその間もキャッキャと嬉しそうに連れの男にべったりとくっついているのだった。
隣から、「美咲さんも、陽子さんみたいに仲良くしてくれたらいいのに」という色のオーラをビンビンと感じるが、そんなものは無視するに決まっている。
私は今晩、遊ぶために泊まるんじゃないんだから。
どうしようもない自分の友達を、そしてこのナンパ野郎たちを──しっかりと監視するために泊まるんだから。
気を抜いてなんかいられないのだ。
テントは二張り借りて、二人一組で寝るということで全員の意見が一致した。
が、どうやら男女別に分かれるものだと考えていたのは私一人だったようで……。
「ちょっと、そんなのダメに決まってるじゃない!」
──という私の叫びも、三人によってたかって封殺されてしまった。
まあ、テントは二つ並んでいて、すぐ隣。いざとなれば駆けつけてあげられる距離にあるのが救いと言えば救いだけれど……。
──今日は寝られないな。色んな意味で──。
そう思いながらも、私は男と二人で過ごすテントの中に荷物を運び入れるのだった。いまだに黒のビキニという格好のままで──。
私は荷物を置くと、すぐ外に出た。
テントなんて生まれて始めてだったけれど、想像していた以上に狭くて居心地の悪いものだった。
──いや、陽子とならまだ平気だったのかもしれないが……。
あのナンパ男とこんなにも狭い空間で一緒というのは、かなりキツイものがある。しかもお互いに水着のままなのだ。昼間は周りに人がいて、そう酷いことにはならないという保証があったから手を繋いだりもできたんだけど……。
今そんなことをしたら、どういうことになってしまうか分からない。
どうせ彼だって“その気”がありまくるんだろうから……。
もう今日は、いかに彼が言い寄ってくるのをかわしていくかという夜になりそうだった。
私は少し離れた場所にある木でできたテーブル、その切り株の形をした椅子に座り──ぼーっと生ぬるい夜風に身を晒していた。
今日も熱帯夜。じっとしているだけでも自然と汗ばんできてしまう。
こっちに来る前に海水浴場のシャワーを浴びてきたのだけれど、早くももう一度浴び直したい気分だった。身体のいたるところがニチャニチャとして不快である。
「はーい、お姉さん、どうしたのこんなところで。中で話しようよ」
背後から男が声をかけてくる。馴れ馴れしく私の肩に手を置いて、昼間と同じようにスキンシップを求めてくる。
が、もうダメだ。サービスタイムは終わったのだから。
私は彼の手を払いのけて、ガン無視を決め込む。
夜空を見上げたり、テーブルの木目を数えたり、足元の砂をじゃりじゃりとビーチサンダルでかき混ぜたり──。
そうしていると、もういっそのこと朝までここに座って過ごしてもいいかな、なんて思えてくる。
そんな私の内心を知ってか知らずか、彼は私の隣に座り、じっとこちらを見つめてくるのだった。
夏の夜、汗ばむ身体の男女が、水着姿で二人きり──。
彼が“そういう雰囲気”を作りたがっているということは、二人の間に満ちる沈黙でよく分かった。
私は、黙っていればそれでいいだろうと甘く考えていた。が、時間が経つにつれてその考えは間違いだったかもしれないと思うようになった。
二人で並んで座っている、ただそれだけだというのに──。何だろうこの感じは……。
まるでケンカをして少し時間の経ったカップルのような──、夏祭りに一緒に来たクラスメイトに告白しよう(されよう)としている中学生二人組のような──。
なんとも微妙な雰囲気になってしまっているのは確かだった。
──これが、夏の夜の魔力なのだろうか……。
私は戸惑いに身を硬く縮めた。
まあ、これだったら、女たちがナンパされて男について行ってしまうのも分からなくはないかなと思える。
女はそもそも雰囲気に弱い生き物であるし、こんな独特の──なんて言うんだろう、まさに青春、といった感じの雰囲気には特に弱いのだ。
彼はじっと私の横顔を見つめている。唇に熱い視線を感じてしまう。このまま黙っていれば、強引に抱き寄せられて、キスでもされてしまいそうな空気だった。
──まずいな……。
私は立ち上がり、その場の雰囲気から逃げるようにテントへと足を踏み出す。
これならまだ、中で普通に会話をしている方がマシかもしれない──そう考えて。
狭いテントの中で、男と二人、並んで座る。
お互いに水着姿で、肌のほとんどが露出している。しかもテントの中は風もなく蒸し暑いのだ。身体中からだらだらと汗が滴り落ちている。
騒がしいほど鳴く虫の声をBGMにして、私たちは特に何を喋ればいいかも分からずに黙って過ごした。
隣の男が身動きすれば、その度に私の膝や肘に身体が当たる。先ほどから何度も肩に手を回されているが、その度に無言で振り払ってきた。
今もまた、私の腰に彼が手を回してくる。まるで恋人同士のように、ぎゅっと腰肉に指を食い込ませて私の身体を抱くように引き寄せる。
私は溜め息を吐きながら、その手首を強く掴んで引き離す。お尻を上げて座りなおすと、彼の溜め息が聞こえてきた。
「はあ……。お姉ーさん、そんなにツレなくする必要なくね? そこまで俺のこと嫌いだったりすんの? 別に仲良く話してくれたからって、すぐにどうこうしようって気もないんだけどなあ……」
ここまで来ておいて、こんなにもやりにくい女は今までいなかった──、そう言いたげな表情である。
まあ、それはそうだろう。今日私は陽子の監視をするためにここにいる訳で……。彼が今まで連れ込んだ女とは、その目的が違うのだから。
「別に嫌いじゃないよ。そもそも嫌いになれるほどあなたのこと知らないし。けどさ、そういうことはナシって言ってたハズだよね? なのに、なんなのよこの手は──さっきから。ホントにどうこうしようって気がないとは到底思えないんだけど?」
「いや、これはほら、スキンシップというか──、いや別に腰に手を回すぐらい許してくれてもいいんじゃないかなー。せっかく二人きりになれたんだからさ。一期一会なんだしさー」
「だ、か、ら──」
私は再びわき腹に伸びて来た彼の腕を払いのけて言う。
「ホントに、今日はどれだけ言われても絶対──」
そして──私が二の句を継ごうとしたその時だった。
──アアンッ! アアンッ! アハンッ! アンアッ!
テントの外、どこからともなく──うら若い女の嬌声が聞こえてきた。
突然のことに私はもちろん、隣に座る彼までもがその動きをピタリと止めた。
──アンッ! アアッ! アアッ! ンハアッ!
陽子と男、二人がいるテント。その方向から、あられもない喘ぎ声が聞こえてくる。
声色は完全に陽子のそれだった。普段聞き慣れている声よりももう一段高く、切羽詰った感じではあるが、確かに彼女のもの。
しかも声だけではなかった。
──パンパンパンパンパンパンパン!
肉と肉を激しく打ち合うような音まで聞こえてくるのだった──。
「ちょ──」
私はとっさに腰を上げる。が、横から強く腕を掴まれて立つことはできなかった。
中腰のまま、腕を掴んでいる男の顔を見る。すると彼は、じっと黙って首を振るのだった。
「──お姉ーさん、邪魔しに行っちゃダメだよー」
力強く腕を引かれてバランスを崩し、私は彼の胸に飛び込むような形で倒れてしまう。
水着同士、ほとんど裸といってもいいぐらいの男女の肌が触れ合う。お互い汗をかいているので、にちゃっといやらしい感触がした。
彼はそのまま私の肩を抱きしめて、湿った女の肌、その感触を楽しむ。
「んやっ──やめっ──」
離れようとすればするほど、力を込めて抱きしめられる。見た目通り、ものすごい力で。とてもじゃないが女の私が抵抗してどうにかなる状況ではなかった。
「ちょっと、離してっ──」
「なんでよ、いいじゃん。あっちも楽しんでるみたいだからさ、こっちも──ね」
「やめてっ、それだけはナシって──あっ──」
片腕でぎゅっと抱きしめられて、空いた方の手でお尻の肉を鷲掴みにされる。
外からは途切れることなく陽子の嬌声が聞こえてくる。
──アアアッ! アアアッ! アアアッ!
彼女の喘ぎ声は早くも絶叫に近いものになっていた。
今、隣のテントでどれほど激しい交尾が繰り広げられているのかが手に取るように分かる。
彼女が男好きなのはよく理解しているが、セックスの最中にこんなにもスゴイ声を出して感じるなんてことは初めて知った。
大丈夫だろうか。こんなに大きな声を出せば、きっと私たち以外の人にも聞かれてしまっているはずなのだが……。
──パンパンパンパンパン!
湿り気を帯びた肉のぶつかり合う音も、休むことなく聞こえてくる。
正常位なのかバックなのかは分からないけれど、男は相当にセックスが上手いらしく──激しい腰使いである。こんなピストンを食らえば、そりゃ陽子の尋常ではない反応も仕方ないと思える。
もう隣のテントの中は、ムンムンとオスとメスの熱気が充満しているのだろう。きっと二人は汗だくで、水着をずらすなり脱ぐなりして身体を重ね合っているのだ。
音だけでも充分にその生々しさが伝わってきた。
ものすごくいやらしい雰囲気が、こちらのテントの中にまで侵蝕してくる。一気に周りの空気が粘つき、温度が高まったように感じた。
[ 2011/12/08 02:21 ]
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