家を出てから、すでに一ヵ月以上が経っていました。
私の肌は、小麦色を通り越して黒くなっています。このまま白いアイメイクと白い口紅でもしてしまえば、一昔前に流行ったヤマンバギャルにでもなってしまいそう。
けれど二人の好みは、“今時のギャル”のようでした。
付けまつげは上下に付けて、目元を重点的にデコレーションしていくメイク。パールやラメを使って夏らしくキラキラさせてみたり。
ほぼ金に近い髪の毛はゴージャスに。柔らかい私の髪は日によっていかようにも変化します。降ろしてみたり、巻いてみたり、盛ってみたり、散らしてみたり。
洋服やアクセサリーの類にはあまりお金をかけません。不思議なことに、着ているものが安っぽいほど彼らは興奮するようでした。
ですから当然、大人の女が着るような高い服はどんどんと減っていくのでした。
逆に増えるのが、女子中学生あたりが好きそうなものばかり……。
例えばカチューシャやクリップ類にしても、数百円でデカい花飾りのついたようなものがほとんどだし……。指や腕に着けるアクセサリーだって、貴金属類というよりは──本当に子供のオモチャのようなものばかり。
洋服は中学生を通り越して、ちょっとお洒落な小学生のよう。
ピンクの花柄ワンピースに、可愛いだけの安物ビーチサンダル。
確かに、十代女子に人気のギャルブランドで揃えているから自然とそうなってしまうのは仕方のないことでしたが……。
けれどやっぱり、私の豊かなヒップライン、細くても肉付きのいい大人の女の足なんかには──ちょっと幼すぎる気がするのでした。
だと言っても、じゃあ逆に今、昔着ていたような地味な服が着れるのか? と聞かれれば……それも答えはNOなのです。
私はすっかりこのタイプの服にも慣れ切って、この格好でタバコを吸うことに違和感を感じなくなっているのでした。
もちろんこうなった以上、家には帰れません。
夫には心配しないでと一方的にメールを送り付け、捜索願などが出されることのないようにしておきました。
それでも彼からのメールは大量に届いて、無視するのも大変なぐらいです。
電話は着信拒否にしてあるので平気なのですが……。いざという時に連絡が付かないと困るので、メールだけは受け取ることにしていたのです。
最初の頃から比べれば、もう相当にギャル化が進んでいる私でしたが、ユウイチ様はまだ気に入らない点があるようなのでした。
それは、私が敬語で話をしているという部分なのです。
「その格好で敬語なんて似合わねーからよ、もっと頭カラッポにして適当にしゃべれよ。馬鹿になれ馬鹿に。女は馬鹿なぐらいが一番可愛げがあるんだよ。もうこれから一生賢くなんなよ。大学出たのか何なのかは知らんが、今まで得た知識も全部忘れていけ。分かったな」
また無茶なことを言うと思いました。
けれど、彼の言葉にも一理あったのです。
私は外見的にはギャルでビッチになったかもしれません。でも内面的にはどうでしょう。内面的には、まだ貞淑な人妻だった頃の部分の方が大きいのではないでしょうか。彼はそれを見事に指摘している訳です。
「で、でも……敬語で話さないって……どういう……」
「まずな、そのビクビクした喋り方やめろ。いちいち俺とケンジに“様”も付けんでいい。ギャルはもっと無礼でいいんだよ。もちろんタメ口でな。別にタメ口利かれたからってキレたりしねーし」
「は、はい……でも……」
「だからよ、まずその“はい”をやめろや。“うん”とかでいいんだよ」
「え、あ……は、あ、うん……」
「まあ、慣れるまでしゃーないか。とにかく気を付けろよ。意識して直していけ。喋り方直せば性格だって変わるだろ」
「は……う、うん……分かった」
これでいい? と上目遣いに尋ねてみるが、彼はあまり満足した様子でもなかった。喋り方から、キャラまで変えなくちゃいけないってこと?
相当ハードル高いと思うんだけど……でも、すでにここまで変われたんだから……何とかなる、かな?
分かんないよ!
そしてまた別の日。
“ユウイチ”に連れられて、タトゥーを入れてもらいに来たのはいいんだけど……。
「ホンマにエエんやな? 支払いはこのコの身体で、ちゅうことで……」
暴力団関係のお店ということは知らされていたが、こんな話は聞いていない。
「ああ、話しておいた通り──太ももの内側に蝶のタトゥーな。礼は終わったら本人に好きなだけさせてやる」
「ユ、ユウイチ!」
「ぐへへ、ワシも今まで散々若い子の身体彫らしてもうてきたけんど……ヤラしてくれる言う子は一人もおらんかった。ずっと前から、ピチピチの女体彫りながらや……こんな若い子らと一度でエエからハメハメしてみたいなと思うとったんや」
五十歳は軽く越えているという彫師のおじさん。もしかしたら自分の父親と同じぐらいか……それ以上ということもある。
私より背は低い、なのに全体的に太く、手の甲や指の上にも体毛が生えている。
いかにも女には飢えているといった感じで見つめてくる顔は、寒気がするほどにいやらしい感じで……。
「こんな可愛らしゅうて、エロい子とヤレるなんてなぁ……。ワシもう興奮してたまらんわ……。何もせんでもイッてまいそうや……ぐへへ」
ケンジやユウイチは、粗野だと言ってもまだまだ若くイケメンなのだ。いくら犯されるといっても、彼らが相手ならば、女にしてみても嬉しい部分があったのだ。
が、いま目の前にいる男性は違う。
これほど不潔な男に犯されるということは──今まで私が経験してきたセックスとは、根本的に別の何かをされるということではないのか……そんな気さえしてしまう。
「ああ……可愛エエのう……。なんじゃこりゃ……ピチピチのムチムチやないか! 触り心地もドンピシャや! アソコもエエ具合なんやろなぁ……。くっそ、こんな豊満なカラダ抱きながら可愛らしい膣にチンポ包まれたら……絶対何発でも出せるわ」
すでに私は服を脱いで、全裸にバスローブを羽織っただけの格好だった。男性に前をはだけられて立ち尽くしている。
おじさんの手は早くも私の太ももや腰に伸びていて、若い女の肌の感触を確かめているのだ。
「ユ、ユウイチ……」
すがるような視線を彼に向けるが、完璧に無視された。
彼はもう用事は済んだとばかりに、部屋を出て行こうとするのだ。
「じゃあ、後は頼んだ。戻るのは夕方……そうだな、六時か七時ぐらいになる。それだけ時間があれば、支払いも十分に済ませられるな」
「ぐへへ、ホンマは夜中まで抱いてたいけど……まあ、しゃあないな。今からやと、そやな……仕事に一~二時間、残りの四~五時間がワシらの愛の時間いうことになるな」
おじさんは私の身体をじっくりと撫で回しながら、嬉しそうに呟くのだった。
ユウイチが部屋を後にすると──私は性欲の権化みたいな中年男性と二人きりになり、逃げることもできなくなっていた。
「おうおう元気やな。そない暴れると、保護ラップが剥がれてしまうがな」
「ん、だって……! こんな……! あふあッ……!」
ケンジやユウイチとは全く種類の違う、気持ちの悪い中年男性。しかし私は、彼の気持ちの悪さに全身を包み込まれ、それに慣らされてしまうと──二人のセックスと同等か、それ以上の官能に身を焼かれてしまっていたのだ。
彼は仕事を早く終わらせ、傷になっている太ももの内側には保護ラップをかけて、そして五時間近くも私の身体を抱き続けた。
毛むくじゃらなのは、もちろん手だけではなかった。胸やおへそ周り、そしてそこから陰毛に至るまで──硬い毛がびっしりと生え揃っていて……。
抱かれている感触といえば、狼男か何かに包まれている感じだった。明らかにケンジやユウイチとは違う種類のセックス。
しかも話を聞けば、彼はこの三十年ほどは素人の女を抱いたことがないのだという。女に不自由する瞬間が一秒もない彼ら二人とは、ヨダレの垂らし方からして違った。
「ほら、どや? 気持ちエエか? ワシのチンポが濡れ濡れマンコに出たり入ったりしとるぞぉ……。うおお……すごい締め付けやな。気持ちエエ、たまらんわ……またチンポイッてまいそうになるわ」
「アンッ、アンツ、アンッ、アンッ、アンッ──」
すでに一発は中出しを食らっている。ケンジやユウイチのとは、比べものにならないほど汚い精液。それが膣内にたっぷりと染み込んで来て……。
「あふぁ……んおおおお……んふううぅぅぅ……!」
興奮が止まらない。そして加速する興奮は──最初は気持ちが悪いと思っていた感触を、全て気持ちのよさに反転させていくのだった。
しかも、ケンジにピアスの穴を開けられた時よりもずっと強い痛みが太ももから湧き出していて──。肌を刻まれながら犯される敗北感は、今まで感じた中で最高レベルのものだったのだ。
「あふあ……き、気持ちいいいぃぃぃ……ああああ……」
今では彼の毛むくじゃらの身体に密着されることが、そして彼の臭く汚い体液を身体に塗りたくられることが──たまらなく気持ちいいと思えている。
イケメン相手では絶対に得られない、淫らな性体験。
私は泣きながらヨダレを垂らし、お腹の底から喘ぎ声を出して──両手足の先までをもビクビクと痙攣させていた。
特に、下半身の痙攣がさっきからずっと止まらない。おじさんペニスで突かれるたびに、尿を漏らしてしまいそうなほどの快感が柔肉に溜まっていく。そして、いくらイケども、その快感が解放される気配はないのだ。
おかげで今も──女性器の中、股間周辺、太ももの肉、そしてふくらはぎから足指に至るまでが……あり得ないほどの大痙攣を繰り返している。ブルブル、ブルブルと肉が震えて、「気持ちがいい」と声なき声を上げ続けているのだ。
「あおおおおっ……! イ、イカせて……アアアアアッ! イ、イカせてッ……! これ以上は……もお、お、おかしくなっちゃう……!」
これ以上身体に快感を蓄積させると、本当に下半身が使い物にならなくなってしまう。そんな心配をして、早く絶頂まで連れて行ってくれと願うも──すでに今だって何度もイカされていたのだ。
イッてもイッても快感が消えないことは、嫌というほど理解しているはずだったのに……けれど他に方法も思いつかずに、そんなお願いをするしかない私なのだった。
「イ、イカせてぇ……ンアアアッ……イ、イ、イクッ、イ、ヒクッ、イヒクッ、ア……イグウウウゥゥゥッ……アアアッ!」
イカせてと言いながらイク。そしてイキながら、イカせてくれとお願いする。
おじさんの身体に巻きついていく、私の手と足。おじさんの股間に押し付けられていく、私の乳房や股間。そしておじさんの毛むくじゃらの口元に吸い付いていく、私の唇と舌。
夕方というには遅い時間に、ユウイチは迎えに来てくれたのだが──。
彼は、周りの景色が見えなくなるほどによがり泣き、愛する恋人と快感を貪っているような私の姿を見て……二時間ものあいだ、部屋の中で待っていてくれたのだという。
「これほど男に甘えているお前は初めて見たかもな。俺らなんかより、このオヤジの女になった方がいいんじゃないか?」
そう言って私を困らせてくるのだ。
「ぐへへ、ワシの連絡先教えといたるわ……また今日みたいに子作りに励みたい気になったら、いつでも電話してくれてエエからな……」
おじさんは私に携帯の番号が書かれた紙を差し出してくる。
本来なら、いらないと断るなり、もらってから彼の見ていないところで捨てるなりしたと思うのだが……。
こんなセックスを経験してしまった今、私にはそのどちらをも、する気にはなれなかったのだ。
あれから一ヵ月が経って、太ももの蝶はキレイな姿を現して飛び回っていた。
そして今でも、私の財布の中には、おじさんの電話番号が書かれた紙が大切に保管されているのだった。